最後のパレード 「ディズニーランドで本当にあった心温まる話」
なぜだか涙《なみだ》が出《で》てきます。
1話《わ》目《め》から涙《なみだ》なみだの感動《かんどう》でした。
人《ひと》の心《こころ》の優し《やさし》さ、思いやり《おもいやり》、純粋《じゅんすい》さ、相手《あいて》を想う《おもう》大切《たいせつ》さ…等《とう》
とにかく人間《にんげん》の美し《うつくし》さとその行動《こうどう》により起こる《おこる》奇跡《きせき》のような
美しい《うつくしい》事実《じじつ》に胸《むね》を打た《うた》れます。
サービス業《さーびすぎょう》だけでなく、人間《にんげん》関係《かんけい》全て《すべて》に大切《たいせつ》な何《なに》かを感じ《かんじ》ました。
純粋《じゅんすい》な・・・
大人《おとな》になってから、なくなった純粋《じゅんすい》な「心《こころ》」を、もう一度《いちど》思い出《おもいで》させて頂い《いただい》た本《ほん》だと思い《おもい》ます。
最初《さいしょ》から感動《かんどう》します。
結構《けっこう》話題《わだい》になり、売れ《うれ》ている本《ほん》。
読ん《よん》でみると、ほんと感動《かんどう》する。
最初《さいしょ》のエピソード《えぴそーど》から涙《なみだ》が出《で》てきそうになるほど、
とても温かい《あたたかい》気持ち《きもち》になれる。
もしかしたら、「こんなの本当《ほんとう》にあったのかよ」なんて思う《おもう》エピソード《えぴそーど》もあるかもしれない。
でも、ディズニー《でぃずにー》だからこそあるエピソード《えぴそーど》だと思う《おもう》し、
「キャスト《きゃすと》だった」自分《じぶん》もこの本《ほん》に書か《かか》れてるエピソード《えぴそーど》に近い《ちかい》ことを経験《けいけん》したこともある。
だからと言って《だからといって》この本《ほん》を高く《たかく》評価《ひょうか》するわけでもない。
一人《ひとり》の人間《にんげん》として、どうすれば人《ひと》が笑顔《えがお》になれるか、を教え《おしえ》てくれる本《ぼん》。
自分《じぶん》もキャスト《きゃすと》だった時《とき》、家族《かぞく》4人《にん》で来《き》ていたゲスト《げすと》に写真《しゃしん》を撮っ《とっ》た後《あと》、一緒《いっしょ》にいたまだ1歳《さい》にもなっていないだろう双子《ふたご》の子供《こども》が自分《じぶん》に向っ《むかっ》て笑顔《えがお》で手《て》を振っ《ふっ》てくれた。
その時《とき》の笑顔《えがお》は今《いま》でも忘れ《わすれ》られなくて、本《ほん》を読み《よみ》ながらもまた思い出し《おもいだし》ていた。ほんとに人《ひと》の笑顔《えがお》ってすごくうれしい。
そして、この本《ほん》を思わず《おもわず》一気に《いっきに》全部《ぜんぶ》読ん《よん》でしまった。
人《ひと》を思いやる《おもいやる》心《こころ》を再《さい》認識《にんしき》させてくれる、本《ほん》だと思う《おもう》。
実話《じつわ》が持つ《もつ》感動《かんどう》
どの話し《はなし》も実話《じつわ》。
飾り《かざり》やお世辞《おせじ》も、きれい事《きれいごと》ではない、現実《げんじつ》。涙《なみだ》が溢れ《あふれ》頬《ほお》を拭い去る《ぬぐいさる》度《たび》に、普通《ふつう》に生き《いき》ている素晴らし《すばらし》さとディズニーランド《でぃずにーらんど》の理念《りねん》やポリシー《ぽりしー》に感銘《かんめい》を受け《うけ》ました。人《ひと》って、素晴らしい《すばらしい》ですね。
1人《にん》の新人《しんじん》キャスト《きゃすと》として
やはり憧れる《あこがれる》。
あのテーマパーク《てーまぱーく》では、ゲスト《げすと》の数《かず》だけ物語《ものがたり》がある。それは年齢《ねんれい》や性別《せいべつ》は関係なく《かんけいなく》、一人一人《ひとりひとり》が主人公《しゅじんこう》である。
私《わたし》達《たち》キャスト《きゃすと》は、その全て《すべて》の物語《ものがたり》がハッピーエンド《はっぴーえんど》になるよう役《やく》を演じる《えんじる》。
私《わたし》もいつか、ゲスト《げすと》の心《こころ》に残る《のこる》ようなキャスト《きゃすと》になりたい・・・

